大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)4229号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(2) 過失相殺
<証拠>によれば、本件事故現場は南北に通ずる道路と東西に通ずる道路とが交わる交通整理の行われていない交差点の西側入口手前の横断歩道上であり、南に通ずる道路の幅は九、三メートル、北に通ずる道路の幅は八、一メートル、東西道路は幅五、六メートルで中心線があり、その北側の車線は二、七五メートル、南側の車線は二、八五メートルの幅であり、交差点の西側入口手前には横断歩道が設けられていて、附近の最高速度は毎時四〇キロメートルと指定されていたこと、吉田は、加害車を運転して東から西に向つて時速約四〇キロメートルで進行し、交差点の手前にさしかかつた際、前方に横断歩道があり、その前後に対向車が停滞して停止しており、横断歩道の北側部分は見通しにくい状況であることがわかつていたのに、時速二〇ないし二五キロメートルに減速しただけで交差点に進入した直後に、約九、一メートル右前方の交差点西側入口手前の横断歩道北端附近を原告浩子が北から南に向つて横断しようとしているのを発見したが、先に横断歩道上を通過しうるものと判断してブレーキをかけず、また警笛を鳴らすこともなく、そのままの速度で進行して横断歩道を通過し、東西道路の中心線附近の横断歩道上で加害車の右側面を原告浩子に接触させて路上に転倒した原告浩子の右足を加害車の右後輪で轢過するに至つたこと、原告浩子は、当時小学校二年生であつたが、小学校五年生の姉の森下晶子ほか数名の児童とともに登校のため、通学路となつていた右横断歩道上を一団となつて北から南に向つて横断しようとしたところ、西から東に向つている車両は横断歩道上をあけてその手前で停止したので、先頭に立つて小走りで横断を始めて道路の中心線附近まで横断した際に本件事故が発生したこと、当時東行の車線上には数台の車両が停止していたが、横断の西側手前で停止中の車両の運転手の井流友則は原告の横断するのをみて対向車には注意をうながすため警笛を二、三回鳴らしたが、吉田はこれに気づかなかつたことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。以上の事実によれば、本件事故は、加害車の運転者の吉田が登校時に通学路となつている横断歩道を通過するに際し、対向車のため横断歩道の北側が十分に見通せないのに、横断歩道手前で最徐行又は一時停止して歩行者の有無を確認するべき注意義務を怠り、しかも原告浩子の横断を認めた際直ちに警笛を鳴らすとともに急制動の措置をとれば衝突を十分回避し得たものと考えられるのに、先に通過しようとして何らの避譲措置をもとることなく原告浩子の横断を妨げてその直前を通過した重大なる過失によつて生じたものと認められるから、原告浩子がたとえ東側の車両を十分確認していなかつたとしても、その事情は吉田の右重大なる過失に対比すれば原告浩子の損害額の算定についてしんしやくすべき過失と認めることはできない。従つて被告の過失相殺の主張は理由がない。
<中略>
(5) 医師への謝礼
原告正市本人尋問の結果によれば、原告正市は、医師に対する謝礼として二〇、〇〇〇円、看護婦に対する謝礼として一四、〇〇〇円を要したことが認められるが、右謝礼は治療費と同視することはできず、本件事故と相当因果関係の範囲内の損害と認めることはできない。
(山本矩夫)。